待宵草(2)

「10月2日、水曜日。8時早朝会議のあと、10時J銀行本店にて頭取との面会。
11時、日本商工会議所会頭との懇談。12時半、エスクァイア投資信託の島津典弘氏と昼食。
2時、帰社後、「日本経済ジャーナル」のインタビュー。3時、各部連絡会議。以上です」
 彼女が読み終えて、伏せていた睫毛をあげたとき、城西は何も聞いていない素振りで煙をくゆらせたまま、首を傾げ、壁を見ていた。
 間接照明に白く浮き上がるその壁には、15号の抽象画、その下の作り付けのアクリルの棚には、濃い塗りの籠地の花器に紫の山アザミや白の小菊が、野趣に富む風情で生けこまれていた。
 草花のまわりで淡い香りが色を帯びて、静かに動いている。
「きれいだな。ずっときみひとりで生けているのか」
「はい。それが私の仕事ですから」
「そうだな」
 城西はゆっくりと頭を巡らし、そしてかおりをじっと見つめた。
「10月26日のスケジュールを調べてくれ」
 軽やかにページをめくる音が部屋に響く。
「群馬工場の視察です。それと、ライオンズクラブの方々との会食」
「どちらもキャンセルしてくれ。予定が入った」
「ご予定?」
「見合いをする」
 彼女は顔を上げる。眼鏡の奥の薄い茶色の瞳が、1、2度またたいた。
「相手はM商事の代表取締役の長女だ。今朝の重役会で決まった。父の代からの番頭連中が大乗り気で進めてきた話だ。奴らは俺が結婚するまでは、安心して引退できないと思い込んでいるからな」
「社長はそのお話をお受けになるおつもりですか?」
「断る理由など何もない」
「おめでとうございます」
「祝う理由もない」
 城西は、弄んでいたタバコをガラスの灰皿に押し付けた。
「俺と結婚した女が幸せになるとは思えない。一日の大半、休日のほとんどを会社で過ごしている、笑うことも、気の利いた台詞をいうこともできない男だ」
「……」
「ただ相手は上流階級の娘だ。俺と同じ教育を受けている。子どもの頃から人を信じることより先に、疑うことを教え込まれる。ほかの女よりは幾分、俺のことが理解できるはずだ」

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