待宵草(4)

 かおりは、そのとき形の良い顎をついと持ち上げて、遠く夜空のかなたを見はるかしているようだった。
「社長のご覧になっていたのは、県道の中央分離帯に雑草に混じって生えている丈の高い花でした。丸い花弁がかわいらしい、黄色の花でした。私はふいうちを受けたようにどぎまぎして、思わず「あれは月見草です」 と答えてしまったのです。
社長は「あれが月見草か」と呟かれました。そして、ご自分が花の名前を何も知らないこと、小学生の頃から父親の後を継ぐために、友だちと野原で遊ぶ時間も、道草をする自由も与えられなかったことをお話くださいました」
「……」
「お話はわずかな間でしたが、私は今でもはっきりとあのときの社長のお声を覚えています。低く、とても寂しそうな……。ところがそのとき、私はとんでもない間違いをおかしていたのです」
「間違いとは?」
 城西は、魅入られるように彼女の口元に視線を注いでいた。
「あれは、月見草ではなかったのです。月見草は元来白い花で、しかも夕方から夜にかけてしか花を開きません。あの黄色い花はまったく違う種類の「待宵草(まつよいぐさ)」、または「宵待草(よいまちぐさ)」と呼ばれる外来種の花だったのです。私はそのことを、出張から帰ってきて、調べて初めて知りました。私の住んでいたふるさとでは、あの花を見かけることはありませんでしたから」
 かおりは、ざんげをするごとくに、唇を噛んだ。
「私は、社長に申し訳なく思いました。はじめて素顔を見せてくださった社長の心を傷つけてしまったような気がしました。本当のことを言って謝ろうと思いましたが、なぜかできませんでした。
その代わりに、私は生け花を習い始め、毎日、社長室に花を生けました。社長にいつも花をご覧に なっていただこうと、それが私の罪滅ぼしだと、そう5年間思ってきました。でも」
 彼女は元通りに向き直ると、城西を見て微笑んだ。
「今日で、私の罪滅ぼしは全うされたと感じました。ですから、もう社長のおそばにいる必要もありません。私は……」
 華奢な白い喉が、ことばを飲み込んで小さく震えるのが見えた。
「長い間、お世話になりました。あとわずかですが、精一杯勤めさせていただきます」
 彼女はもう一度礼をして、きびすを返した。
「古関くん」
「はい」
「退職は認めん」

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